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見えない壁

 

人それぞれの人生があります。
人それぞれの世界観もあります。
人それぞれの特徴や性格を備えております。
 
また人それぞれ、所属する家庭や組織などといった外部環境は異なっておりますし、生きて経験してきた時間や事柄も異なっております。
 
そういったことから、全く同じ人生、全く同じ世界観、全く同じ特徴や性格を持ち、全く同じ環境で経験してきた時間や事柄も同じ人はいないでしょう。
例え双子でも、類似したところは多くても、微塵も異なるところはない、全く同じということはないでしょう。
 
 
したがって、それぞれ人は異なっており、それら人生・世界観などといったものが物事の受け止め方に影響を与える以上、それを受けとめ解釈し感じる思考感情感覚は人それぞれといっていいのではないでしょうか。
 

 
以上のことから、人の全てが完全に『解る』ようなことはないかもしれません。
例え話してくれた相手のことを完全に『解った』ように思えても、実際は完全には『解ってない』のかもしれません。
 
相手の言った『嬉しい』『悲しい』『苦しい』などといった感情や感覚の言葉と全く同じように、『嬉しい』『悲しい』『苦しい』などといった感情や感覚を感じられないのかもしれません。
人と人とを隔たる見えない壁みたいなものがあるのかもしれません。
 

 
しかし一方、人は悲しみ苦しみなど自らの体験や人生を解ってもらいたいものです。
 
自分のやってきたことはこういった考えからだ。
こんなことになってしまって、自分はこう感じている。
 
これらを否定せずに、そうだと認めてもらいたい。
 
それだからこそ、人は言葉などを使って相手に話すのでしょう。
 
 
心理カウンセラーとクライアント、仮に同じように『悲しい』『重い』と感じていても、それぞれの世界観などといった背景が違うので、それぞれ異なる『悲しい』『重い』感情や感覚を味わっている。
二人は似て非なる感情や感覚を味わっているといえるかもしれません。
 
しかしそれぞれ異なっていても、『悲しい』は『悲しい』。
『重い』は『重い』。
どの程度かまでは解らなくても、お互い共通して感じている感情や感覚の部分は存在しているのです。
 
 
正直、クライアントさんのどこまで解り、感じられるかは解りません。
解ったつもりになっていても、単なる自分の思い込みに過ぎないのかもしれません。
見えない壁より遥か手前に、止まったままでいるのかもしれません。
 
 
それでも解らないなりに解るように努めていきたいと、私は思っております。